2010/08/09

なんとなくなんとなく

ようやく甥っ子が帰ってった。ホッとした。血がつながっていても、面倒なものは面倒。たまに会うくらいがちょうどいい。嵐の後の静けさ。実際に帰っちゃうとちと寂しいものかな?と思ったけど、んなこたない。かかった食費や買ってあげたものを計算してみて真っ青。ウチは日々細々と暮らしてるんでね。今月はかなり節約しないと。お盆のお飾り、ちと減らすか。ぎょめんね。

派遣先で仕事。そして帰りに、いつもの腐れ縁仲間とプチ同窓会。子どもの受験話やら、同級生のこんな出来事・あんな出来事の話やら。ここんとこ、派遣先でムカつく事件が勃発していたのでちと愚痴ってもうた。派遣先の仕事は自分向きで楽しいんだけど、9月からの環境の変化に不安が。ちょうど9月末が更新確認の時期。今のとこ、更新するつもりだけど…なんとなく気が重いところがあって。ま、そうヒドく思い悩んでいるワケじゃないけどね。なんとなくハローワークの求人情報をチェックしてしまう今日この頃。甥っ子の相手して疲れちゃったのかも、ココロもカラダも。ぐったり。

-----

そんな今日は長崎原爆の日。反論あると思うけど、アメリカ駐日大使の広島の式典出席について。日本側は駐日大使による「原爆投下に関する謝罪」を望んでいたの? ま、謝罪はするワケないと思っていたけど、もし仮に謝罪したとしても、それがどうにか発展するのかどうか? 謝って済む問題ではないと思うし、だったらどこの国も何かしら謝罪をしなくちゃならないような気がするし。ぐるぐるしちゃうんだよね、何だか。

個人的に。海外旅行先で、飛行機で隣り合わせた人とか、ツアーバスで一緒になった人とかに「どこから来たの?」と聞かれて。「日本」と答えると「東京?」と聞かれ「いいえ、長崎です」と答えると、大抵の人が切なそうな顔をして「あのヒロシマ・ナガサキのナガサキか?」と聞いてくる。「両親は大丈夫か?」とか心配してくれる人も多い。NYでタクシーの運転手さんとその話になり、降りる時にお菓子をもらったこともある。アチキは見ず知らずの外人のこういう思いに切なくなって泣きそうになる。誰もが知ってるんだ、「原爆」のことを。原爆投下を正当化しているアメリカでも、被害に遭った人々のことを心配しているし、正当化していても手を叩いて喜んでいるワケではない、とアチキ自身は思っている。だから核廃絶の動きが活発なんだと思うし。

だから謝罪しないからどうの、とか。視点が違うような気がするの。ま、アチキは戦後生まれで、親だって被害には遭ってない。だから、実際にはその被害者の気持ちには到底なり得ないので「ちっ、何にも知らないこのクソワカゾーが!」と思われても仕方ないんだけど。でも、アチキは多分死ぬまでこの日のことを忘れないと思うよ。そして、11:02にはちゃんと黙祷していくよ。それがナガサキに育った者としての役目だと思っているから。

0 件のコメント:

コメントを投稿