2010/08/15

堪え難きを堪え

お墓掃除に向かった。いつもは静かなのに、さすがにお盆。いろんな家のお墓に提灯や花が飾られ。親戚中が集まって、ワイワイ騒いでいる。「ほら、おじいちゃんがここに眠ってるのよ」と説明してる声。お隣のお墓がきれいになっていて。「あぁ、今年は来られたんだ、よかったよかった」と安心。ウチはもう初盆でもないし、親戚も離れて住んでいたり、年取ったりしてるんで、なかなか「お墓参りに来てね」と言いにくい。ま、でも逆に来られる方が迷惑だったりするから(その他の接待が大変だから)、ひとりで黙々と掃除してる方がいいような気がする。ただ、もやもやすることがひとつ。実弟がお盆に帰ってこなくなったこと。仕事が忙しいのはわかるし、飛行機も取りにくいし、割引の時期ではないし。大変なのはわかるんだけど、なんとなくね。気になるんだ。もちろん直接言うことはないけど。

どうしても1945年8月9日を重要視してしまうために「終戦の日」の意識がちと薄い長崎県民のアチキ。Wikiリンクを見てもらえばわかるけど、65年前の今日、天皇の玉音放送により日本の敗戦を国民が知った日であって。国際的には降伏文書に調印した9月2日を終戦の日としているところが多いみたい。それはその関連の海外の博物館で感じたことだった。「あぁ、違うんだなぁ」と思った。

調印をしたのが当時の外相である重光葵氏。アチキはドイツソ連脳なので(なんだそれ)、日本の戦犯絡みになるととんと疎いんだけど、A級戦犯の中で気になる人物のひとりがこの重光氏で(ちなみに他に気になってるのは松岡洋右氏、大島浩氏、廣田弘毅氏)。湯河原に氏の記念館があるというので、一度訪れたいと思っている。

あっ、話がずれた。先日、甥っ子と長崎市を訪れた際に感じたこと。あぁ、ここが焼け野原になり、丸焦げの死体がごろごろと転がり。地獄絵図のような状態から、よくぞここまで復興したなと。戦後立て直しに奔走してくれた方々に感謝しなくちゃいけない。それはもちろん広島でも同じことを感じた。国民全員が絶望していたら、ここまでの復興は無理だったろうと。アチキらが毎日を過ごせるのは、そんな方々のおかげなんだと。戦争の悲惨さを伝えていくのはもちろんだけど、ボロボロになった日本を、未来で過ごすアチキたちのために頑張って復興してくれた人々のことも忘れてはならない…そんな気がした終戦の日。

「オレのつぶやきに誰も反応してくれない」 「ツイッター疲れ」でやめたい人々(J-CASTニュース)
マイTLでも話題になっていたので。記事の中にもあるけど、生真面目な人が疲れちゃうのかもね。アチキは楽しんでる方かな>Twitter。フォローしてるのは、AUGMで出会った方々、地元UGの方々、趣味つながりの友だち軍団、地元の友だち軍団など実際に顔を知っているリアルな友人・知人が多い。でも、2割くらいはTwitter上でつながったツイ友もいる。それはすべて趣味関係で。

面白かったのが、リア友とツイ友がつながったりすることもあったり。ツイ友が友だちの友だちだったということがわかったり。ツイ友が「なおさん、このバンドいいんだよ!」と紹介してくれたバンドが友だちのバンドで。「じゃ、本人に伝えておくよ!」と返すと「ひえ〜〜〜。世の中せまっ!」ってな感じの会話。

ニュースや有名人などはフォローせずに、カテゴリー分けしてリストにしている。面白いことを書こうとか、気負わない方がいいと思う。アチキは大抵通勤のバスの中でツイートしてる。仕事の愚痴もあれば、食べたお菓子の画像アップしたり。そんな程度である。無理にフォローを増やそうとは思わないし。イヤなフォロワーはブロックできるし。直接連絡したかったらDM出せばいいし。気楽に楽しんでる感じ。アチキはそんな感じよ〜ん。

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